効率が悪いのに、やめなかった家事

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効率が悪いのに、やめなかった家事

家事を減らしていく中で、いくつかの家事は自然と外れていった。

やらなくても困らなかったもの。後回しにしても影響が少なかったもの。

そうやって残った家事を見返してみると、少し不思議なことに気づく。

効率がいいとは言えないのに、今も続いている家事がある。

減らした家事のほうが、理由は分かりやすい

やめた家事には、だいたい理由があった。

時間がかかる、疲れる、優先度が低い。

なくしてみても生活が回った、という結果も分かりやすい。

だから、減らす判断はそれほど迷わなかった。

一方で、残った家事には、はっきりした理由が見つからない。

効率だけで見れば、外れてもおかしくない

残っている家事は、別に早く終わるわけでもない。

手間が少ないわけでもない。

やらなくても大きな問題は起きないはずだ。

それでも、なぜか続いている。

効率だけで判断していたら、真っ先に外れていそうなものばかりだ。

役に立っていないように見える

その家事をやることで、何かが劇的に改善するわけではない。

時間が増えるわけでも、気持ちが前向きになるわけでもない。

終わったあとに達成感があるかと言われると、そうでもない。

役に立っている、という説明はしにくい。

それなのに、やめる気にならない。

なぜ残っているのか、考えてみる

効率が悪いのにやめなかった理由を、あとから考えてみた。

最初から分かっていたわけではない。

やめなかった、という事実のほうが先にあった。

やっている間、考えなくていい

残っている家事は、手順が単純なものが多い。

判断がいらない。

次に何をするか、考えなくていい。

手を動かしているうちに終わる。

効率は悪くても、頭は使っていない。

途中で止めても、問題にならない

その家事は、途中で止めても大丈夫だ。

中断しても、次に続けやすい。

完璧に終わらせなくても、気にならない。

終わらせること自体が目的ではない家事は、気が楽だ。

生活のリズムが見える

残っている家事を振り返ると、決まった時間帯にやっているものが多い。

朝、夕方、夜。

時計を見るほどではないけれど、体が覚えている。

そのリズムがあると、一日の輪郭がはっきりする。

効率が悪い家事が、支えになる場面

回らない日ほど、残っている家事に助けられることがある。

やる気が出ない日。

何から手をつけていいか分からない日。

考えなくていい入口になる

何か一つやろうと思ったとき、残っている家事が入口になる。

難しい判断がいらないから、始めやすい。

それをやったからといって、他もやらなければいけないわけではない。

入口として、ちょうどいい。

終わらせなくても、納得できる

その家事は、終わらせなくても納得できる。

途中まででも、やった感じが残る。

達成感とは違うけれど、やっていない感じもしない。

中途半端を許してくれる家事は、意外と少ない。

誰かに勧めたいわけではない

効率が悪いのに残っている家事は、人によって違う。

自分には合っていても、他の人には合わないかもしれない。

便利でも、正しくも、必要不可欠でもない。

だから、勧めたいわけではない。

理由は、あとからついてくる

最初に理由があって残したわけではない。

続いているから、理由を探している。

効率という言葉では説明できないけれど、今の生活には合っている。

それで十分だと思っている。

家事を減らすと、残るものがはっきりする

家事を減らしていくと、残った家事が目立つ。

なぜ残ったのかを考えることで、生活の癖が見えてくる。

効率を優先していない部分。

役立ちだけでは測れない部分。

残しているのは、家事そのものじゃない

残しているのは、家事という作業ではないのかもしれない。

手を動かす時間。

何も考えなくていい間。

生活のリズム。

そういうものが、家事の形を借りて残っている。

 

次に書きたいこと

効率が悪いのに残っている家事がある一方で、続けるのがつらくなってきた家事もある。

次は、やめ時が分かりにくい家事について、書いてみようと思う。

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