※本記事にはプロモーションが含まれています。
手をつけるまでがいちばん長い
終わらせることより、始めることのほうが重たい。
実際に動き出してしまえば、意外とすぐ終わる。
でも、そこに至るまでが長い。
何もしていない時間が、いちばん消耗している気がする。
動いていないのに、疲れている
まだ何もしていないのに、もう疲れていることがある。
体を動かしたわけでもない。
時間を使ったわけでもない。
ただ、頭の中で何度か同じことを考えている。
その繰り返しで、気力だけが削られていく。
やるか、やらないかを考え続けている
今やるべきか。
あとに回してもいいか。
先に別のことをしたほうがいいか。
決断しているようで、何も決まっていない。
その状態が、意外と長く続く。
始める前に、全部を見てしまう
手をつける前に、終わりまでを想像してしまう。
途中で止まるかもしれない。
思ったより時間がかかるかもしれない。
その可能性を先に拾ってしまう。
始める前から、失敗の予感を抱えている。
始められない時間に、何が起きているか
動いていない時間は、空白ではない。
頭の中では、いろいろな処理が進んでいる。
それが、余計に重さを増している。
判断が積み重なっている
やる、やらない。
今、あとで。
全部を判断しようとすると、どこからも手が出なくなる。
判断が多いほど、動き出しは遅くなる。
「ちゃんと」を先に考えてしまう
始める前に、どうやればいいかを考える。
中途半端にならないか。
後悔しないやり方か。
ちゃんとやる前提で考えるほど、始めにくくなる。
途中で止まる未来を避けようとしている
途中で止まるくらいなら、始めないほうがいい。
そう思っているところがある。
終わらなかった記憶が、ブレーキになる。
その慎重さが、今の動きを止めている。
動き出すきっかけは、大きくなくていい
勢いをつけなくてもいい。
準備を整えなくてもいい。
必要なのは、最初の一手だけだ。
全部を始めようとしない
一気にやろうとしない。
終わりを目指さない。
手をつける、という一点だけを見る。
そこまでで止めてもいい。
続ける前提を、いったん外す
始めたら続けなければいけない、という前提を外す。
続かなかったら、それでいい。
途中で止まっても、やったことは消えない。

手をつけたあとの感覚
実際に動き出すと、思っていたほど重くない。
想像していた全体は、目の前に現れない。
今やっている分だけが、存在している。
考える量が、一気に減る
手が動いている間、考えることが減る。
判断がいらない時間が生まれる。
それだけで、気持ちは少し軽くなる。
途中で止めても、前よりは進んでいる
少しでも手をつけたあとは、前と同じ場所には戻らない。
途中で止まっても、進んだ事実は残る。
それを認めると、始めることへの抵抗が下がる。
手をつけるまでが長い日は、あっていい
すぐに動けない日がある。
頭の中で足踏みしている時間が長い日もある。
それ自体を、問題にしなくていい。
動けない時間も、生活の一部
止まっているように見えても、何も起きていないわけではない。
考えすぎているだけかもしれない。
疲れているだけかもしれない。
そういう時間も、含めて生活だ。
次に書きたいこと
手をつけるまでが長い日もあれば、自然と動ける日もある。
その違いは何なのか。
次は、動ける日の感覚について、書いてみようと思う。

