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なぜか動ける日がある
同じ一日なのに、なぜか動ける日がある。
特別な予定があるわけでも、時間に余裕があるわけでもない。
それでも、体が先に動く。
考えるより前に、手が伸びている。
理由がはっきりしない
動ける日には、分かりやすい理由がないことが多い。
よく眠れたから、と言える日もある。
でも、睡眠が足りていなくても動ける日がある。
逆に、条件がそろっているはずなのに、動けない日もある。
理由だけで説明しようとすると、どうしてもずれが残る。
始めるまで考えていない
動ける日は、始めるまでの時間が短い。
やるか、やらないかをあまり考えていない。
終わりまで想像もしない。
ただ、目に入ったところに手を出している。
あとから振り返って、意外と動いていたことに気づく。
体が決めている感じがする
頭で判断しているというより、体が先に決めている感じがある。
立ち上がる。
歩く。
手を動かす。
その流れが、止まらずに続く。
動ける日の中身を、よく見てみる
なぜ動けたのかを探すより、動けた日の中身を見てみる。
すると、いくつか共通している点がある。
区切りを意識していない
動ける日は、どこまでやるかを決めていない。
終わりを想定していない。
一区切りついたら、自然に次に移るか、止まる。
終わらせようとしない分、始めやすい。
途中で止まることを許している
動ける日は、途中で止まる前提がある。
続かなかったらどうしよう、という不安がない。
止まったら、それまで。
再開しなくてもいい。
その軽さが、動きを後押ししている。
順番を決めていない
今日はこれから、という計画がない。
目についたところから手をつける。
順番が前後しても気にしない。
決めないことで、迷いが生まれにくい。
動けない日との違い
動けない日と、動ける日の差は、能力ではない。
やる気の量でもない。
違いは、構え方に近い。
動けない日は、全体を背負っている
動けない日は、やること全部が一度に頭に浮かぶ。
あれも、これも。
終わっていないことが、重なって見える。
一つに手を出すと、全部を始めてしまいそうな気がする。
動ける日は、今しか見ていない
動ける日は、目の前しか見ていない。
次のことは、考えていない。
終わりも考えていない。
今やっていることだけが存在している。
動ける日は、作れない
この違いに気づいてから、動ける日を作ろうとしたことがある。
でも、うまくいかなかった。
同じ条件をそろえても、同じようには動けない。
再現しようとすると、重くなる
前にうまくいったやり方を思い出す。
同じ流れをなぞろうとする。
その瞬間、体が重くなる。
再現しようとした時点で、構えが生まれている。

気づいたら、動いていた
動ける日は、だいたい後から気づく。
今日は調子がいい、と感じる前に動いている。
評価が後ろにある。
それが、ちょうどいい距離感なのかもしれない。
動けない日があっても、問題ない
動ける日があるということは、動けない日もあるということだ。
どちらかだけにはならない。
均等でもない。
波がある前提でいる
毎日同じように動けるわけではない。
波がある。
その波をなくそうとしない。
今日は動けない日、と分かったら、それでいい。
動けた日は、ただ受け取る
なぜ動けたのかを、無理に説明しない。
理由を固めない。
できた分を数えない。
ただ、今日は動けた、と受け取る。
次に書きたいこと
動ける日と動けない日の間には、どちらでもない日がある。
次は、その中間の感覚について、書いてみようと思う。
